Digital 四季彩感-森羅万象-PhotoBlog

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春の雪舞う

名古屋でもちらほらとソメイヨシノの咲き始めた。
今週末には見頃を迎えるかと思っていたが、思わぬ寒波襲来で桜の花もフリーズしたようである。それにしても寒い。真冬に戻ったようだ。朝も夕も雪が散らついている。

桜に雪・・・このあたりではあまり記憶にないが、おととしは白馬で満開の桜に雪が積もる感動の風景を見たことが思い出される。春の雪ゆえに積もりはしないが、去り行く冬が抵抗を示しているように感じる。

BBS(画像掲示板)であるが、スパムが激しく、1日に膨大な量となってきたため、うんざりして一時閉鎖することにした。世の中には迷惑な人間がいるものだ。怒り以上にあきれ果ててモノがいえない。数週間前にアドレスを変えたが、それでも見つかってしまう。スパム対策もいろいろとあるようだが、この掲示板は知り合いに作ってもらっているので自分自身でなんともできないところがもどかしい。すごく残念であるがこれ以上継続することを断念することにした。
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06年3月13日 名古屋市農業試験センター枝垂れ梅に降り注ぐ春の雪。

WEB-Digital四季彩感
http://www5c.biglobe.ne.jp/~hhe02206/
by crewcs77 | 2006-03-30 19:51 | 風景

地元はまだ咲かぬ

隣県静岡では満喫できる桜も地元名古屋はまだ咲く気配ではない。
午前中はどんよりとした曇空であったが、近くのヒガンザクラの開花状況を見にいった。
どうやらヒガンザクラも例年より遅れている。何より、まだ梅が咲いており、桃の開花もまだらな状況である。今シーズンの名古屋が東京や静岡に比べて寒かったかことが自然の摂理から窺える。

毎年ここから桜撮影を始めているエドヒガンザクラであるが、曇空を反映して色濃いピンクに染まっている。通りがかりの人が携帯カメラに収める程度で、本格的に撮影している人は少ない。
毎年、見事な花をつけているのだが、あまり見向きもされない。開花を待ち望み、にぎやかにしているのは「ヒヨドリ」ぐらいである。
私事、歳を重ねるにつれ、桜の美しさや日本人の感性を感じるのだが・・・
このブログのタイトルには「森羅万象」という私の好きな言葉を使っているが、この意図するところは、日常や撮影を通じて、自然をはじめあらゆるものから「日々、新たな発見となる感受性」を持ちたいと願っている。幼児が日々すくすくと成長するのは、素直さゆえの発見が学習につながっていると言っても過言ではない。大人になれば、どうもそれらが鈍ってくる。感動→発見→学習を重ねて、たった一度の人生を謳歌していきたいと思う。「森羅万象、皆我師」
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by crewcs77 | 2006-03-27 20:00 | 風景

櫻紀行2006の幕開け

三寒四温を繰り返しながら、今年も桜の季節がやってきた。南から順に開花の発表がされていくが、地元名古屋の桜はまだつぼみが膨らむ程度で開花にはいたっていない。毎年のことながら、開花発表がされても殆どの桜は咲いていないのが実情だ。たぶん、千種にある気象台の標本木はまわりの桜より開花が早いように感じる。

いよいよ、「桜シーズン」突入だ。名古屋は西に向くのも、東に向くのも、北に向かうのも便利なロケーションである。名古屋の満開から300km圏内で1ヶ月間は桜を楽しむことができる。

桜紀行の第一弾は、大井川鉄道からはじめることにした。
東名高速を東に向かうと、浜名湖あたりから桜が咲き始めている。川根路に到着すれば五分咲き以上の感じで、2-3日で満開を迎える頃合である。ここ川根路は、家山に桜の名所があり、そこを蒸気機関車が走り抜ける風景が楽しめるとあって、1年で最も賑わいを見せる時期である。それだけに大井川鉄道も、普段は1往復運行の蒸気機関車を3往復運行にして多客期対応を行なう。撮影側にとっては願ってもいない効率的な撮影が楽しめる。
沿線は柳の新緑が輝きを増し、桜が色合いを添える。名撮地は混雑するが、場所をはずせば野鳥のさえずりを聞きながら、春の長閑な風景に心が安らぐ。
3本のうち、2本は光線状態良好下で撮影することができた。それでもこの路線は、殆どが逆行気味になるため、汽車と桜、相反するコントラストを適正で撮影することは至難である。コンディションがなかなか整わないが、これが撮影の醍醐味なのかも知れない。2本目を大和田で撮影後、笹間渡で追いついたのでそのまま追いかけることにした。塩郷手前で1回、田野口で1回、いずれも余裕で撮影することができた。考えていた撮影地より北上したため、3本目を青部で撮影することにした。正午を過ぎて、陽射しはなくなった。厚い雲に覆われはじめた。復路の撮影をどうするか思案したが、次週に向けてのロケハンを予ねて、撮影しておくことにした。動かなければ作品は得られずという持論作用が働いた。だが、天気は予想に反して下り坂である。ISOを640まで引上げての撮影条件となった。桜や新緑はボテボテである。
「また来週」という思いで、川根路を後にした。春休みに入った直後の土曜日とあって東名は愛知県内で13kmの自然渋滞につかまった。その上、豊田インターを過ぎてから、はじめて目にする「電光表示」を見た。「この先、人の立入りあり。注意」。16時に撮影した後、帰宅まで通常の倍となる3時間を要した。

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by crewcs77 | 2006-03-25 19:35 | 鉄道

さよならクック

出会いがあれば、別れはつきものであるが、なかでも永遠の別れは殊更だ。人間だけではなくて、ペットであっても同じである。ペットを飼育する上で、それは覚悟はしているものの、いざ別れのときは悲しく辛い。

3月14日午前9時頃、うさぎでネザーランド系の雑種であった「クック」が7年の寿命をまっとうした。
様子がおかしくなったのが、3月8日で翌日には獣医さんに診てもらい、投薬をしていたがそれ以上の施しようはなかった。ウサギは一般的に7-8年の命と言われている。個体によってはそれ以上長生きするのもいるらしいが、クックは平均的な寿命で逝ってしまった。数日前からは動きが殆どなくなり、体もガリガリにやせ細っていった。逝く前日はケージの中でよろけだし、目も開かなくなった。今朝、でかける前に見たところ、かろうじて息だけをしている状態で臨終の時期が近づいているようだった。最後の最後は、息子だけが見届けたようだが一人で心細く辛かっ
たようだ。息子によると、心臓が止まった後、その場を少し離れたら、ちび太とこー太がケージのよこで見守っていたらしい。犬とうさぎは相性はよくないが、特にちび太はクックがきたときから遊び相手になっていた。動物には人間以上の波動があるのだろう。クックが死んだことを息子から連絡を受け、昼休みを利用して、近くの里山に埋葬した。硬直したクックをちび太に見せたら、ブルブルと震えだした。きっと、どういう状態であるかは判別しているのでだろう。

クックが7年前に我が家にやってきたときは、まるでモルモットぐらいの大きさであった。よくミニウサギと称しながら、とんでもない大きさに成長するのだが、クックは成体でもこれまでに見たことがないような小さなサイズのウサギだった。冬場は家の中のケージで過ごし、温かくなれば庭の小屋に移動し、庭を自由自在に走り回っていた。窮屈なケージが嫌いで、ケージを開けるように毎朝せがんでいた。部屋の中で放すと、嬉しそうにぴょんぴょんと跳びまわり、その後をちび太が追っていた。こー太とはあまり相性があわず、こー太が近寄ると、こー太に飛び掛ることもあったが、ちび太にはそんなことをしたことはなかった。
夏の暑い日には、庭の日陰を探して、リラックスした表情で寝そべり、寒いときには日向をみつけ日向ぼっこをしていた。えさはビレットが中心であった。ウサギが好きなニンジンやキャベツ、レタスを与えても食べなかった。ビレットも銘柄を変えると食べないときがあった。庭に放していても、先代のうさぎと違い、庭木を食ったり、地面に穴を掘ることもなく、飼い主から見ると利口なウサギであった。ウサギも性格や習性は個体差があり、万別である。飼い主側の勝手を言えば、できるだけ自由な環境を作り、最後の最後まで愛育できたと思える。果たして、クックはどうであっただろうか。
主がいなくなったケージや庭はなんだか寂しくなった。
クックが生きた証として、ウッドデッキの隅にはクックが残した糞が転がっている。

最後の最後まで一生懸命に生きたクックをいつまでも思い出として残しておきたい。
3月としては、冷え込む夜になった。晴れ渡る東の空にまんまるな月が浮かび上がっている。
月の中でクックが跳ねているように見えた。

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クック最後の撮影カットとなった画像/3月13日
by crewcs77 | 2006-03-14 20:00 | 我が家のペットたち

激走1550km!

前期日程の合格発表が終わり、次男坊の進学先が決定した。
受験に際しては、「私学なら自宅通学、国公立なら遠隔地でもよい」と約束していたのだが、息子は一人住まいをしたかったらしく、後者の道を選ぶことにした。それにしてもいまどきの大学はお金が羽をつけて飛んでいくものだ。滑り止めで私学には入学金を納めたが、入学しなければ収めた入学金が返還される訳でもない。商品を購入すればクーリングオフがあるのに・・・。
おまけに下宿となっては、家賃+仕送りと二重生活費用が加算されてくれる。親としては、「さくら咲く」どころか懐が「激寒のシベリア」状態だ。同じ年頃には自分自身も家を出て、その道を選んできたので、親としては拒否できない。

この週末に限って、土曜日は仕事だったので仕事を終えて、入学諸費用の払い込みと引越準備のために強行スケジュールで下関往復1550kmを走ることにした。通常の高速代は片道14,500円。深夜割引を活用すれば10,500円。マイレージが3倍キャンペーンなので往復すればさらに8,000円分が戻ってくる。インターへ入る時間は午前0時ジャスト。所要時間8時間。それにしても遠い。名神、中国、山陽、中国と走り抜けたが深夜の山陽、中国道なんて殆ど車が走っていない。退屈で睡魔が襲ってくる。

不動産屋での入居手続き、大学での入学手続き、そして荷物の搬入と生活財の買出しを慌しく行って、トンボ帰りとなる。当初は3月中に2往復が必要かと思っていたが、今回で一通りの準備が整った。折角なので、関門海峡大橋と壇ノ浦が見渡せる「火の山展望台」へ足を運び、本州の西の端を実感しておくことにした。下関を一望するが、市中心部を除いては海と山に覆われた地である。アパートも1Kとは言え、考えられないくらい安い。家賃にはエアコンのほか新品の洗濯機、冷蔵庫、電子レンジまでついて、さらにはインターネット料金が不要となっている。いまどき事情というべきか、この物件はインターネットで申し込みをしたのだが、インターネット特別割引があって敷金1ヶ月分減+月額家賃2千円引きとなっていた。実際に見た物件は、オヤジが一人で住みたいくらいだ。どうせ住むなら「名撮地が近くにあるとこにして欲しかったなぁ」と本音が出た。遠すぎて、そうちょこちょこ出かけられるところではないが、山口といえば「C57やまぐち号」である。息子のところに居候をさせてもらって、こっちもエンジョイさせてもらいたいものだ。
日帰り1550km。それよりも死闘の4年間になりそうだ。
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by crewcs77 | 2006-03-13 22:01 | 鉄道

春光の富士

週末カメラマンには嬉しい天気図となった。山中湖村周辺のスポット天気予報は、先週に続き、「雪のち快晴」を告げている。
午前0時に同志と待ち合わせをして、いざ山中湖へと向かった。
午前3時、山中湖湖畔へ到着。天気予報通りに昨晩降った新雪が白い風景を造っている。気温は氷点下8℃。先週より雪も多く、冷え込みも厳しい。深夜はガスに覆われ、富士山を眺望することができない。またもや長時間露光をしかけることはできなかった。場所は先週に続き、パノラマ台を選んだ。なぜなら今回の目的も新雪が作る鮮やかな情景狙いである。富士山を絡めた朝焼け狙いであれば、他の撮影ポイントを選ぶが、日の出時の撮影を行って陽光輝く新雪風景をとるなら、時間のロスを最小限にとどめることができるパノラマ台からの撮影が効率的である。
 
午前5時30分。黎明の富士が顔を出し始めた。6時10分、富士の頂が紅色に変貌する。多くのカメラマンが一斉にシャッターを切り始める。10分ほどのクライマックスを終えると撤収開始。カメラマンはそれぞれの撮影地に散っていく。

気持ちがいい空の蒼さと眩しい白銀、そして冷え切った新鮮な空気。爽快な週末の朝、ポイントを定め目的に沿った撮影を愉しんだ。

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by crewcs77 | 2006-03-04 22:13 | 鉄道