Digital 四季彩感-森羅万象-PhotoBlog

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揺れる札幌

日本シリーズ第5戦。
実況アナウンサーは何度も「札幌は揺れています」と伝える。
日本ハムが北海道をフランチャイズにして3年目。
経済的に活気を失っていた北海道に歓喜をもたらす日本シリーズとなった。

野球は筋書きのないドラマと言われるが、新庄に限ってはシナリオ通りのドラマを演出した。
それにしても強運の男である。
半年前に「引退宣言」をして、日本シリーズ優勝をもって引退するという花道を作った。
まさか新庄自身もこんな幕引きができるとは思いも寄らなかったことだろう。
阪神時代から新庄はパフォーマンスが目立ち、何が実力がわからない存在であった。ゆえに「宇宙人」と呼ばれていた。メジャー入りをしても、いずれは淘汰されてまた“勝手きままな道を選ぶだろう”としか思っていなかった。阪神時代を通じて、そんな先入観しかもっていなかった。
引退宣言にしても「またか」と思う程度であった。

昨日、今日のさまざまな報道を通じて、新庄のイメージが大きく変った。
「随分、大人になったなぁ」と思う。「それとも先入観が先行しすぎていいたのか」との思う。

・プロ生活17年間使い続けた7,500円のグローブ。
・経済的なことにこだわらず、自らの生き方を選択した進路(メジャーしかり、日ハム入りしかり)
・ファンのニーズを読み取り、ファンを喜ばせるために取り組んだパフォーマンス。
・優勝後、グランドに投げ込まれる花束を一つ一つ大事に拾い上げる姿勢。

そしてこれまでにないグランドでの引退記者会見。その会見で、今の自分を作り上げたのは「阪神時代、調子が悪かったシーズンにトランペットも応援コールもなくなった打席が屈辱で、その屈辱が糧になった」という。いわゆる阪神ファンに語り継がれる「応援ボイコット」である。
プロ生活17年、語録を沢山生み出した新庄であるが、思えばそれらは常に考えていなければ生み出せないような言葉だったように思える。

第2の人生をどのように歩むかは決して語らない。
恐らく彼流の秘めたものがあるに違いないだろう。
強運に恵まれた男に注目したいものである。

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by crewcs77 | 2006-10-27 23:15 | 野球

どうする年末年始

10月も下旬となり、年末年始の過ごし方を本格的に考えなければならない時期に来た。
昨年は子供に留守番をお願いして、伴侶を助手に使ったが、今年は「一人で行くか、家族3人を連れていくか」と迫られていた。たまには家族3人ででかけるのもいいが、問題はワンコ2頭である。こんなときは制約があって辛いものだ。ペットホテルはいくらでもあるが、4日や5日も預けると費用が・・・。
考えた挙句、今冬の北海道はやむなく断念。

が、9日間の休暇の目処はたたない。折角の休みをダラダラ過ごす程、無意味なものはない。
「よし!一人で行こう」
と決意すれば、ここからは行動が早い。
まずは、鶴居を押さえなくては。早速、ホテルTAITOに電話を入れる。3日以降であれば空室があるとのこと。とりあえず3-4日を押さえることにした。鶴居で3日間、丹頂鶴を撮影するメインに旅程を組むことにした。
問題は12月-1月に限って名古屋-釧路便がないので空港をどこにするかである。
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条件を思案した挙句、往路は小牧-とかち帯広、復路は釧路-羽田と超変則・変人的なフライトスケジュールにした。条件とは時間もさることながら、いかに最安値で渡道するかが鍵である。
小牧-とかち空港は1月1日のJAL会員先行バーゲン価格で13000円。但し、復路は通常料金で38900円。これでもいいのだが、帯広のフライト時間を考えると移動時間が無駄になる。釧路-羽田をあたってみたら、1/5のバーゲン価格は12300円。しかも釧路夕刻発である。羽田から名古屋までの新幹線料金を足しても、16000円は安くなる勘定だ。
小牧のメリットは、県営空港になってから駐車場が無料。往路はクルマで行って、復路は東京から新幹線、地下鉄乗り継いで帰宅。翌日に小牧へ手ぶらでクルマを回収と思っている。
それにしてもトップシーズンで、航空運賃も安くなるものだ。

ちなみにせっかくだから帯広も有意義に過ごしたい。
帯広着が1/1正午となるのでそのままバスで十勝川温泉に向かい、十勝川のオオハクチョウを夕に朝に撮影。ここで連泊するかどうかであるが、メインはやはり丹頂鶴なので1/2夕刻までには鉄道で釧路市内に入り投宿、レンタカーを釧路で手配して翌朝から鶴居村に入るスケジュールを企てている。

帯広でハクチョウ以外、野生動物、風景でも良いので「これは!」という被写体があれば、アドバイスが欲しいところである。
by crewcs77 | 2006-10-24 22:23 | 動物

岳沢の錦秋

今シーズンの最終山行きとして「岳沢」を選んだ。
場合によっては前穂高岳とは言わないまでも途中のパノラマ台あたりまでと考えていた。
上高地バスターミナルに到着したのが午前6時。奥穂高、吊尾根が見えていたので河童橋付近で余計な時間をとってしまった。岳沢登山道に入ったのは午前7時を過ぎていた。とにあえず岳沢ヒュッテまでを目指して歩を進める。岳沢ヒュッテは昨冬の雪害で全壊し、今シーズンは営業していない。おまけに春には山小屋の主が事故により亡くなった。ヒュッテは標高2200mの地点にあるため紅葉は終わっているかと思ったが、まだ持ちこたえていた。
上高地から見る岳沢はなだらかなように見えるが、実際はイメージと大きく異なった。登山道はよく整備されている。

岳沢ヒュッテ跡に到着すると、吊尾根とジャンダルム、西穂稜線が屏風のように立ちはだかる。
ここから紀美子平、前穂高へ続く重太郎新道になる。登ってみたい気になるが、ガスが立ち込めている上、紅葉はここまである。
午前中はガスが抜けたり覆われたり、太陽光が雲に閉ざされたりでコンディションはよくない。
登ってくる人は殆どいない。夫婦づれが来たので、声をかけたらヘリポートの先がクマが出没して向かいの尾根に走り抜けていったという。目撃した夫婦は「怖いので」といって、早々に退散した。残されたのは私ひとり。落ち着いて撮影なんかできない。それでもガスが抜けるのを待って撮影に励む。順次、何人かが来たので安心。

正午前に下山を開始。下山と同時に雲はなくなり青空に山稜が映える。
今回はあまりついていなかった。
携帯電話は自宅に忘れるし、コンビ二でかった昼用のおにぎりはクルマに置き忘れたし、光線状態はよくないし、下山途中に岩に膝をぶつけるし。。。
今日の上高地は、賑わっていた。河童橋は主要駅のコンコース状態である。
上高地もようやくカラマツが色づき始めた。帰路、バスから見る大正池、焼岳山麓はカラマツが斜光を受けて黄金色に輝いていた。

これで今シーズンの北ア詣では終了である。
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岳沢登山道口付近の梓川支流

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登山道途中で

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岳沢ヒュッテ幕営地から

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下山途中
by crewcs77 | 2006-10-21 21:52 | 風景

夢中

何事も「夢中」で取り組めたら、素敵な人生を送れると思う。
仕事にしろ、趣味しろ通じる。
デジタル一眼レフが出現して、多少大げさかもしれないが私の人生観は変った。
ランニングコストがかからない利便性を言い訳に、活動費、機材費、周辺機器への投資は想像もしなかった水準に達した。とりわけ行動費と精力は凄まじい。比例して技術的な進歩があったかは測定しがたい。主観的に言えば、少しづつであるが満足できる作品づくりはできているかなと・・・されど驕りは一切はない。写真は奥が深すぎる。日々学習、日々改善の姿勢こそが進歩向上につながると思っている。
茶道の世界で用いられる言葉であるが道を究めていくには「守・破・離」が大事である。すなわち、原理原則をきっちりとこなす。そこから常識にとらわれない工夫を生み出す。写真道も同じだ。同じ様に「稽古とは一より習い十を知り 十より帰る元のその一」といわれる。繰り返し繰り返し実践してゆくことこそが大事というものである。

夢中になれる趣味は生きがいや働きがいにつながることを実感している。
勝手なことをいうなら銭カネの問題ではない。趣味も一生懸命であれば、仕事にも合い通じる。
撮影を趣味にしたおかげで、野生動物のまなざしに、雄大な山岳風景に、彩る四季に言い表すことができない感動、感激を味わうことができた。ビジネスの場面においては猛烈なストレス渦中にあるが、趣味の撮影を通じてそれらを解消することができている。
特に今シーズン体験した山岳風景は夢中にさせられた。
体力・気力が減退傾向にあったが、非日常的な風景は心身の疲労回復には最適であった。
野生動物を追うことも、山岳撮影することも、時として「危険」が待ち構える。
プロ、アマにかかわらず、ダイナミック、独創的な撮影を追求する余り、命を亡くした人が大勢いることも確かである。そのことを肝に命じながら、自らの価値観や固定概念にとらわれない作品づくりに励んで行きたいと思っている。

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by crewcs77 | 2006-10-17 22:26 | 風景

鏡平/山歩記

この週末は安定な天気が予想されていたことから山小屋1泊を目論んでいたが、土曜日に告別式があったため泊まりは断念せざるを得なくなった。
往生際が悪いというか諦めが悪いがというか、「このチャンスを逃せば山の紅葉は終わってしまう」。その一念は15日(日曜日)日帰りの強行踏破をすることに。
午前5時50分、薄暗い新穂高温泉を出発。
午前6時50分、ぶな林が広がる「わざび平小屋」に到着。
左俣林道を別れ、双六岳を目指す小池新道へ。
午前8時00分、秩父沢到着。清水で顔で洗い、ここからの登攀に備える。
午前9時00分、シシドウヶ原到着。撮影をしながらの登りであるが、コースタイムをやや短縮するペースだ。
山の斜面が秋色に染まる。山の紅葉は2000メートルから1500メートルまで下降している感じである。ここから1時間で今日の目的地となる鏡平山荘に着くことになる。目的地まであと30分。かなりきつくなってきた。「熊の踊り場」は先の雪で草がなぎ倒されている。まさに熊が暴れた後のようだ。ここから一気に勾配を登り、開けたところで池と正面に槍ヶ岳が見える。
これまでの疲れがふっとぶ景観である。標高2200mの鏡平の紅葉はほぼ終焉期を迎えている。山小屋も明朝をもって小屋閉めである。抜けるような青空と染まる山々の中で、小屋閉めの準備が急がれていた。
鏡平で約1時間半を過ごし、午前11時45分、下山を開始した。
新穂高温泉到着15時10分。
この日の登山者は数えるぐらいだ。往路一緒だった一人の方は双六へ、もう一人の方は水晶岳を目指すという。

標高差1200メートル、距離往復約20km、所要時間約8時間。
ここから自宅まで渋滞もあって4時間。
足のウラは剥け、棒のような状態である。
画像処理は明日以降として、寝ることにする。

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by crewcs77 | 2006-10-15 21:30 | 風景

惜別・感動のフィナーレ

2006年阪神タイガース甲子園最終戦、対中日ドラゴンズ。
昨日、引退を表明した#8片岡篤史選手の現役最後の試合となった。
片岡は6番サードでスターティングメンバーで最後のグラウンドにたった。
5回ウラ、片岡はピッチャーの足元に打ち返すタイムリーを放つ。「小さい頃に教えてもらったことが、最後の最後に出来ました。」と感慨深いコメント。
7回、最後の打席は立浪の頭上を越すあわやホームランかと思わせるツーベースヒット。
まだまだ現役でいけるのではないかと思わせるバッティングである。

ゲームは5対1で83勝目となった。
ゲーム終了後、片岡選手の引退セレモニーが行われた。
対戦相手の中日ドラゴンズ井上、福留、そしてPL学園同期生の立浪から花束が贈られる。
立浪とは熱い抱擁を交わし、お互いの目に涙が光る。この日、立浪は落合監督に「スタメンで使ってくれ」と懇願したという。バックネット裏にはPL学園恩師中村監督の姿もある。

片岡選手の引退挨拶
「最初にこのような自分にこのような場を与えてくださった、阪神球団の皆様、岡田監督、コーチ、選手、そして中日球団の皆様、そして最後まで残ってくださった阪神ファンの皆様本当にありがとうございます。
日本ハムで10年、タイガースで5年、日本ハムでは土橋監督、大澤監督に使っていただき、野球人としての土台を作ることができました。
タイガースに来てから思うような成績が残せず、球場を後にしたことがありました。高校時代に教わった気合いと根性を前面に出して闘ってきましたが、もう限界です。
夢にみた甲子園で、8歳から始まった自分の野球人生をこの夢の舞台で、そしてこれだけのファンの皆さんの前で終えることができた自分は幸せです。
自分を生んでくれた両親、支えてくれた家族、そして素晴らしい先輩、素晴らしい友、素晴らしい人生を与えてくれた野球に感謝します。
15年間本当にありがとうございました。」
まさに片岡の人柄を表すようなコメントであった。

そしてこの後、ベンチ前でタイガースのチームメイトと握手を交わした後、グランドを一周し、ファンの声援に応えた。
3塁側ベンチ前で見守る立浪は片岡選手以上に涙、涙である。そして再び二人が称えあう。
そして、タイガースの選手全員が片岡のポジションであるサードベース上に集まり、片岡を、中日の選手を呼び集めて、両チームの選手を交えて片岡を胴上げ。片岡は満面の笑みを浮かべて5回宙に舞った。
両チーム選手が現役引退選手を胴上げした姿ははじめてではなかったろうか。
また阪神球団もプロパー選手以外でこうしたセレモニーをしたのははじめてではなかったろうか。
「甲子園」
またしても聖地に相応しい伝説ができた瞬間であった。

そして、片岡の引退セレモニーが終わると同時期、奇しくも片岡の古巣日本ハムが25年ぶりの日本シリーズ出場を果たした。

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by crewcs77 | 2006-10-12 22:01 | 野球

優勝記事の片隅に

今朝の中日新聞は、いつになく分厚い。ドラゴンズの優勝記事は元よりお祝いの全面広告が新聞の大半を占めている。まぁ読売同様ドラゴンズを有する中日新聞だから止むを得ない。本当はこんな新聞をとりたいくないが名古屋だからいたしかたがない。中日贔屓の記事や広告が載るのは当然である。これに異論を唱えるつもりはないが、今年は購読謝礼に「ドラゴンズのマフラータオル」が配られた月がある。いつもはゴミ袋や食器洗い用のスポンジなど日用品であるのに。山に行っても鉄に行ってもやたらとこのタオルを使っている人がいた。読者が全て中日ファンと思い込んでいるとしかいいようがない。我が家はあのタオルを新品のまま「雑巾」にさせていただいた。

当然、今朝はスポーツ欄もドラゴンズで埋め尽くされている。
その傍らに小さな記事を見つけた。
「阪神・片岡引退」と出ている。
いぶし銀の選手がまた一人去ってゆく。
PL学園-同志社大を経て1992年に日ハム入団。
2002年に阪神タイガースにFAで移籍。
2003年悲願の優勝に大きな貢献を果たした選手であった。
今年は代打でところどころで出場するにとどまり打率は1割台と低迷。
プロ生活15年、ゴールデングラブ賞3回、実力を語るに十分な選手であった。
引退の会見において、「この世界は力のある選手が残っていくのではなく、成績を残していく選手が残っていく世界」、成績を残すことができなくなったと見極めての引退となった。

ヒットやホームランを放った後のバットの放物線が芸術的であった。
PL同期生である中日の立浪は今年から代打稼業に転じている。

明日、タイガースは本拠地甲子園で中日を迎えての最終戦となる。
片岡選手の引退試合を見届けたいと思う。
旧ヒッティングマーチ「関西魂みせてくれ 熱く燃えて吼えろ 日々新たチャレンジ 片岡篤史」で見送りたいものだ。
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by crewcs77 | 2006-10-11 22:32 | 野球

おめでとう!ドラゴンズファン

中日ドラゴンズが難産の末、東京ドームでセリーグ優勝を手にした。
あの冷静沈着なオレ流落合監督が延長12回タイロンの満塁HRで勝利を確信して涙を流した。
勝利監督インタビューに至っても感涙は止まず、終始ウルウル状態であったのが印象的であった。
わがタイガースは最後の追撃虚しく破れ去ったが、2位とはいえ80勝を超える勝率と8月下旬からの追撃は球史に残る戦いであった。
2003年から交互に繰り返す竜虎優勝。虎の敵は読売から中日に移行した。
とにかく、ドラゴンズファンおめでとう。でも、ご当地においてあまり盛り上がりがないのが寂しい。商魂逞しいデパートやスーパーが騒いでいるだけの感じだ。会社でも「名古屋だからドラゴンズが贔屓」という輩は沢山いるがどうも冷ややかである。

今日は「ちび太」の診察日。
実は昨日、治療している傷以外2ヶ所の傷が見つかった。事態の折に出血もなかったし、毛で隠れているので判らなかった。
そのことを獣医につげ、「自然治癒しているならそのまま」で告げ、検査をお願いした。
毛を剃って調べってもらったところ、耳の下、眉間に深い傷があり化膿しているという。鎮静注射を行い、傷の処置に約2時間。
縫合をするぐらいの傷らしいが、化膿の処置をしてから時期を見て縫合をするという。
ちび太曰く「同居人といえど、こー太を許しがたく“被害届”を提出する」という。
ちび太が被害届を出せば「こー太」は傷害罪だ。
「こー太」に反省の色は見られない。ちび太の顔を覆うミラーのような包帯に「こー太」は何があったのかと見つめるだけである。
「ちょっとぐらい反省せいよ。さもなければ保健所へ放り込むぞ」といってもそ知らぬ顔である。

今日の治療でも万札を収めることに。
ただ、感謝するのは「初回の診察で他の傷が発見できなかった責任」といって処置料は無償にしたくれた。
当分は毎日のように獣医通いが始まる。
by crewcs77 | 2006-10-10 23:01 | 野球

朝寝坊の産物

消化不良の1日を悔やみ、翌日は「錦秋の栂池」と決め込んでいた。
荒天から好天の撮影日和になりそうだ。日付が変ったところで出発予定でいた。
ところが・・・「小泉純一郎の豪腕秘書」という特番を見ている間に寝てしまったようだ。
気づけば朝4時38分。
“しまった!”
とにかく、顔を洗い、カメラバックをクルマに放り込み走る。
中央道を超安全速度で駆け抜ける。このペースでいっても栂池高原に着けるのは8時半。ゴンドラは長蛇の列かも知れない。ロープウェイも待ち時間が生じる。明日は仕事だし帰りが遅くなるのは辛い。
途中で栂池を断念し、伊那ICで降り権兵衛街道を抜けることした。伊那ICから薮原まで約20分で駆け抜ける便利な道である。中央アルプスの直下を通行料無料で貫くのだから重宝する道である。
行き先は「乗鞍位ヶ原」。昨日の今日である。まだ懲りない。
奈川渡ダムで「乗鞍山岳線・積雪通行止め」の表示。
乗鞍がダメなら上高地。紅葉には早いが冠雪の穂高が見られるなら最高のタイミングだ。
午前7時40分。沢渡大橋からシャトルバスに乗り込む。
大正池に降り立ったのは午前8時。これまで何十回と上高地に来ているがレコードとなる俊足ぶりで到着したものだ。

当の山はどっぷりと暗雲に隠れている。
けたたましいヘリの轟音が響きわたっている。到着前に聞いたラジオでは、奥穂高の遭難者の内3名は無事にヘリで救出されたという。
待つこと30分。ゆっくりとガスが抜けてゆきジャンダルムが顔を見せ始める。その上空高くにヘリが舞っている。報道か、それとも遺体収容か。
穂高の山稜がいつもより大きく見える。
秋の彩りは殆ど見られないが、眩しいほど白い山容が実に美しい。
撮り飽きた感がある上高地。なかなか新しい発見ができないが、今日はいい情景をゲットすることができた。カメラマンも少なかった。
途中、岳沢へ登ろうかとも思ったが明日は仕事日。帰宅が遅くなることは避けたい。
上高地の滞在を3時間で打ち切り、帰路についた。

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ガスが抜け穂高の山稜が化粧をして顔をだした。

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梓川の浅瀬を渡り、辿りついた川の中央から。

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雪と秋彩の岳沢
by crewcs77 | 2006-10-09 20:25 | 風景

荒天に相次ぐ遭難

大型連休以外、年に一度の3連休となった。
北アルプスの山々では錦秋の時期を迎えている。
予てからこの連休は白馬大池、白馬岳に向かう予定でいた。ところが台風並に発達した低気圧で予定を断念。
7日は自宅で休養をし、8日未明に「乗鞍岳位ヶ原」を目指すことにした。
道中、ラジオで相次ぐ遭難事故のニュースを聞いた。白馬岳は吹雪となり、山小屋を目前に身動きがとれない状態に陥っているという。このパーティにはベテラン山岳ガイドがついているが60歳以上を中心としたメンバーであるという。しかも富山県側からアプローチしているという。既に2名が亡くなったと・・・。また奥穂高ジャンダルム付近では4人がSOSを発したという。
山の紅葉は例年より1週間以上遅れていたが、低気圧の通過で北アは一変して冬山に変容した。恐らく冬山の装備やビバーク準備はなされていなかっただろう。山の美しさは山の怖さを打ち消すときがある。この日、途中で断念して山を下った人も多かろう。ひとつの判断が時として命取りになることを肝に命じておきたいものだ。

見頃のピークを迎えた「錦秋の位ヶ原」は幻と終わった。
この日の乗鞍高原は、台風並みの風と雨。しかし、東側は時折青空が覗き、太陽の光も差し込む。山の上は晴れているに違いない。意気揚々として始発バスを待つ。やってきたのバスではなく松本電鉄の職員。「始発バスは積雪により運休します。始発以降も運休になるかどうかは今のところ判らない」と。
畳平は15cmぐらいの積雪があるらしい。

諦めるしかない。これなら「御岳へ行こう」と即決。高原にかかる虹を撮影して移動を開始。
木曽路に戻り、御岳が展望できる「キビオ峠」へ。ここから見る御岳の夕景は信州サンセット百選に選ばれている。御岳は厚い雲の中で、これまた断念。
木曽駒高原を親和スキー場(廃業)に向かい、初冠雪の木曽駒山系を撮影。

秋の色がつかないままに山は冬を迎えたようだ。
成果のない1日だった。
明日こそは「錦秋の栂池」と決め込んで帰宅した。
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by crewcs77 | 2006-10-08 19:13 | 風景