Digital 四季彩感-森羅万象-PhotoBlog

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リ・スタート

今日から2007年 リ・スタートとなりました。
年末年始休暇から今日でちょうど1ヶ月。この間、勤務に就いたのは僅か5日間。
これだけブランクが空いてしまうと、出社しても妙な緊張感を感じました。
スタッフからは「バリバリと勢いをつけないで下さいよ」と体裁の良い気遣いをもらいましたが、実のところは気遣い半分、牽制半分といったところでしょう。
そんなやりとりもなんのその、午前中から不在中の報告や整理に終始し、なんなく仕事モードに切り替えることができました。改めて、1日が瞬く間に過ぎ去ることを実感しました。

1.またダウン!
 今年の不調はマイカー「X-TRAIL」のダウンが始まり、修理完了直後に今度は持病の再発と続きました。ところが、整備したにもかかわらず、またまた再発!結局は代車の空き具合を見て終日ドッグ入りさせることになりました。根治したはずの、身体もこうならないことを祈るばかりです。

2.話題・魅力のFUJI S5Pro
 今月の写真月刊誌はこぞって1月31日発売されるS5Proの性能について報じている。S2Pro以来、デジタル臭さがない色彩や絵づくりには注目していたが、私のように撮影ジャンルが広範な者にとっては、スペック的には軟弱なところがマイナス材料となるカメラであった。それがS5Proでは、人気のD200ボディーにハニカムCCDを搭載し、スタイル良し・ダイナミックレンジ良しと、殊、風景撮影にはとっておきの仕上り度となったようだ。言うまでもなく、FUJIのデジ一眼はNikon Fマウントを踏襲しているのでNikon派にとっては更に選択肢が広がったカメラといえる。こうなると、私の場合、現在は骨董品的なD100をサブカメラに使っているが、S5Proを導入できるなら単なるサブカメラではなく、被写体に応じてD2Xと使い分けることができるのではないかと、都合のよい目論見をしているこの頃である。実売価格がD200と比べ、格差が大きいのが難点。奇しくも、この1年、殆ど使わなくなったレンズ(AF-S28-70/2.8)の放出を考えていた矢先なので、検討の余地ありかと・・・。
 デジタル一眼の進化は間違いなく成熟期に入っているといえる。Nikonに限って言えば、自社開発ではないCCDとそれに付随するローパスフィルターのゴミ除去機能だけであろう。性能開発に一服感がでた今、各社ともコストダウン競争に拍車がかかるのは目に見えている。そうすれば満足できるモノをどのタイミングで購入するかが懸命な消費者の重要な見極めとなろことでしょう。
by crewcs77 | 2007-01-29 21:05 | アラカルト

入院記-痔ろう君のこと

痔や痔ろうといった下の症状については、どこか恥ずかしさがあり、また体験者以外は理解が乏しいので多く語れることはないかと思います。
入院記-余話として、ここでは痔ろう君がどのようなものであるかを記しておきたいと思います。

まず、痔ろう君は直腸と肛門の間付近にばい菌が入り込み、肛門の周囲(お尻のモモ)にアリが巣を作る如くに化膿した道を作ってしまいます。
この化膿はやがて逃げ道を失い、肛門の脇から“こんにちわ”と膨らみを持たせます。
膨らみは日ごと成長し、小豆大ぐらいに達します。痔ろう君が狭い谷間でここまで成長してくると向かいの谷に接触し、激痛が伴ってきます。この状態になると、歩くことも寝ることも困難になってきます。痔ろう君が出現すると、診てもらう医者は「肛門科」となります。名古屋市内は有名な肛門化専門病院がありますが、私はあえて自宅近くの「胃腸科・内科・肛門科」の看板を掲げるクリニックでお世話になりました。
痔ろう君が成長して、痛みを誘発しだすと、自然治癒はあり得ません。まずは専門医に駆け込み、膿を出す「切開」してもらわなければなりません。ちなみに激痛を伴う状態になると、38度以上ぐらいの熱が出します。痛みもさることながら、この状態になると“恥も、へったくれ”もありません。専門医の処置室で、横になり、看護師に言われるまま、尻を人目にさらさなければなりません。初めは抵抗がありますが、初診でこれを体験しておけば、あとは度胸がつくものです。
「切開」をすれば、膿は放出されるので、それまでの痛みはウソのように和らぎます。但し、切開後は処置のため2週間ぐらいの通院が必要になります。処置時は痔ろう君の巣穴を消毒するので、悲鳴に似た言葉が自然と漏れます。

私は、この痔ろう君と7年もの長い歳月を一緒に過ごしましたが、手術を覚悟した背景には、
①痔ろう君は根治手術以外に退治する方法がないということ。
②放置しておけば、大腸がんを誘発する可能性が高いこと。
が挙げられます。

痔ろう君の発症は、男女別で見ると男性が8割だそうです。痔と違って女性には少ないようです。発生要因は、一言で言えば「体質」ということになりますが、中でも「下痢症」の人に多いようです。すなわち腸が弱い人には痔ろう君が出現しやすいようです。このような体質であれば、暴飲、とりわけ「酒」には要注意ということになります。私も7年の間、極力、酒は減らしましたが、思えば飲みすぎて下痢になった後は、数週間の間隔を経て、痔ろう君が暴れだしたものです。

さて、手術で完璧に根治するのかと言えば、これは確約できないと言います。体質ゆえにいつ何時、痔ろう君が「こんにちわ。お久しぶりです」と現れるのかわからないというものです。
もう、懲り懲りなので出現しないことを祈るばかりです。

インターネットで「痔ろう」と検索すれば、いくつかの「闘病記」が掲載されていました。症状や処置については、同じ患者として同感することばかりですが、手術に至っては、専門医それぞれで異なるようです。初めて知ったことですが、保険が利かない「肛門科」もあるようです。そうしたところは、日帰り手術で術後は痛みをこらえて通院するそうです。費用は60万円もかかったと記されています。私の体験からすれば、これは全くお勧めできないパターンと言えるでしょう。ほかでは、手術後1週間で退院できて、あとは1ヶ月ぐらい通院したいう事例も紹介されていました。しかし、術後麻酔が覚めたら、数日間は痛み止めを服用しなければならなかったと書いてありました。私の場合は13日間の入院でしたが、術後は傷口の痛みもなく、厄介だったのは麻酔の副作用だけでした。この呪縛から解き放たれたのが、術後5日目でしたから、勝手な自己判断では正味1週間の入院で済むのはないかと思いました。先生としては、傷口の状況を見ながら適切に判断してくれたと思います。それでも、先生曰く「回復が早いから、退院も早く設定できた。同じ手術をした人に聞いてもらえば判るが、最低でも15日の入院は必要」とのことでした。

余談ですが、手術前日の午後9時から飲食厳禁で、手術前には腹の中を空っぽにしているので、排便を催すことはありません。排尿はというと、手術中、知らない間に尿道に管が通されていました。意志とは関係なく“自動排尿”でした。(術後2日間だけ)
厄介なことといえば、麻酔の副作用と、排便です。排便の後は、看護婦さんに消毒をしてもらいガーゼを張ってもらう必要がありました。これが1週間続きました。便を柔らかくするため、当初は下剤を飲んでいますので、頻繁に看護婦さんを呼ぶため気が引けたものでした。
しかし、これも今は文明の利器でありがたいものです。先生にも言われましたし、昔に同じような手術をした人からは、「ウォシュレットがない時代は、排便後、タライに湯を張り、そこにしゃがんで手で洗った」そうです。そう思えば、本当に便利になったものです。

かかったクリニックの先生が名医かどうかは知りません。ただ、クリニックの理念や先生、スタッフの人柄、さらには術後も痛みが全く伴わない状態からして、私にとって先生は名医であったと思っています。昼夜2交代、1人制で担当する献身的な看護スタッフ。美味しい病院食を提供してくれる厨房スタッフ、毎日、部屋を綺麗に掃除してくれる掃除スタッフ、快適な入院生活が送れる個室の設備(テレビは21インチで無料でした)。不満足なところは一つとしてありませんでした。

私がお世話になったクリニックがどんなところであるか関心のある方は、こちらをご覧を下さい。
http://www.ngy.1st.ne.jp/~agape/
by crewcs77 | 2007-01-28 12:25 | アラカルト

入院記-03

18日(木)の朝から、術後はじめての食事が始まり、歩くことも許されました。
患部の痛みは回診時の処置以外は全くないので、助かりました。

しかし、動けるようになって早々、麻酔の副作用が襲いかかってきました。
これは、これまでに体験したことがない頭痛が襲ってくるのです。あごを少しでも上げると肩から延髄にかけて、つっぱるような違和感が伴い、眉間にかけて頭痛が襲ってきます。
食事もトイレもままなならい状態が土曜日まで続くことになりました。
どうやらこの症状は人それぞれにあるそうです。

19日(金)から退院直前の25日まで、毎日、会社の人たちが来てくれました。
退屈していることを伝えていたので、本や雑誌を沢山差し入れてくれ、孤独な入院生活の穴埋めをすることができました。

お世話になったクリニックは、先生が熱心なクリスチャンで、教会も設立されているとのことでした。
また病室の階上にも、ホールがあり、毎週水曜日は先生による聖書の話があるそうです。
たまたま24日(水)は3時から「音楽会」で、ピアノ演奏会がある日でした。
先生の誘いにより、「まぁ、これも体験」と思い、参加しました。聖書の話はわかりやすい解説でしたが、何か勧誘を受けいるような面持ちになりました。まぁ、私にとって神とは“八百万の神”であり、先祖代々仏教信仰者ですから揺れることはありません。かといってキリストを否定するものでもありません。共通して言えることは正しい宗教観念をもって生きることは大切であるということです。(邪教や新興宗教は論外)

とにかく、偏頭痛が治まってからの入院生活は、退屈しながらも贅沢な時間を過ごしたと思います。病床数が少ないだけに、食事も大量生産ではなく手作りで、またいろいろと工夫されおり、美味しく食べることができました。

気がつけば、今年になって我が家のベッドで寝たのは9日間しかありませんでした。
退院して帰宅すれば、ワンコ2頭はキョトンとしていました。
その後、さんざん足元にまとわりつき、ようやく平常に戻ってくれました。

つきなみですが、こうしてみると、いかに健康であることが大事であるかを思い知らされました。
いよいよ、29日から2007年リ・スタートです。
いまさら、寝る気も本を読む気にもなれないのですが、おざなりになっていたことを片付けながら月曜日に備えたいと思います。

お気遣いいただきました方々に御礼申し上げます。
ありがとうございました。
by crewcs77 | 2007-01-27 13:48 | アラカルト

入院記-02

指定された14時に病院へ出向き、入院生活が始まりました。
病院(クリニック)は個人で開業されているので、病室は全17床。殆どが個室で、指定された部屋も個室でした。燦々と冬の陽射しがあたる快適な部屋でした。
入院してまもなく、手術前の前始末があり、午後9時以降は飲食・煙も禁止のお達しが出されました。
16日は朝から何度も排便をすませた後、刻々と迫る手術を待つことになります。意外に動じることは少なかったのですが、やはり緊張するものです。手術よりも後の痛みがどの程度、襲い掛かってくるのかが心配でした。

13:30、看護婦さんが迎えにきて手術室に向かいました。
左肩に筋肉注射が打たれました。麻酔が効きやすくなる注射だそうで、気絶しそうな強烈な注射でした。その後、腰椎麻酔が打たれ、文字通り“まな板の鯉”状態となりました。以前にリンパ腫摘出手術(日帰り)を受けているのですが、その時のことを思えば、患部が下半身であり、ただただ落ち着いて、五感で感じるままに手術が終わるのを待ちました。特筆は、手術室の天井にスピーカーが埋め込まれており、手術中もそこから流れてくるクラッシク音楽が心を落ち着かせてくれました。手術は40分か45分ぐらいで終わりました。ストレッチャーで病室に戻され、先生からの説明がありました。「膿が溜まる部位を7cmにわたり除去した」とのことでした。要するにお尻のモモ部分を7cmにわたりトンネルを掘ったようなものです。もう一つは注意事項で「麻酔の作用で、頭痛を起こすことがあるので指示があるまでは絶対安静」ということでした。

それ以降、木曜日(18日)朝までは寝たきり状態で過ごすことになりました。
手術後、除々に麻酔が覚めていくのが体感で判りましたが、それ以外は眠剤が効いているのか殆ど記憶にない時間でした。
幸いなことに麻酔が覚めても、痛みは全く伴いませんでした。苦痛はベッドの上で同じ状態で寝ていることでした。何せ、長時間も同じ態勢でフリーズしているのですから、これが苦しくてしかたありません。未明には喉の乾きがともない、水を求めて山を歩いている夢を見ていました。
大の字でベッドに張り付いていると、麻酔が覚めても自分の意識で足が動かない。どうにか、翌朝、片方の足が動いたので、その足でもう片方を動かさすというなんとも言えない奇妙な状況でした。足が動くようになっただけで、腰は幾分楽になりました。その後、看護婦さんに体を90度動かしてもらい、ようやく寝返りがうてる楽な状態になりました。

この日から筋肉注射に痛み止め注射、点滴が続くことになりました。
1週間も続くと、腕は穴だらけ。いまだに、両肩は筋肉注射のしこりが残っています。
by crewcs77 | 2007-01-16 12:07 | アラカルト

入院記-01

ご心配をおかけしました。
1/15日に急遽入院することになり、16日には手術を受けました。
術後、順調な回復で1/27(土)朝、晴れて退院することができました。

ことの始まりは7年前のゴールデンウィークでした。
お尻の脇に大きな膨らみができ、歩くこともままならない痛みでした。それでも、痛みに耐えながら2泊3日の北信州撮影行を決行していました。撮影行を終えても、痛みはますます拡大するばかり。大型連休中で病院は休診でしたので、休日診療所に駆け込みました。そのときはこれが「イボ痔」かと思っていましたが、診断の結果は「痔ろう」でした。ドウリで薬局で買いあさった薬が効かないはずです。休日診療所では処置できないとのこと、痛み止めで抑えて、連休明けに専門医に診てもらいました。先生は、「よくこんなんで辛抱していたね。連休でも連絡をくれれば処置してあげたのに」といわれたものでした。
当然、その折にも手術を勧められたのですが、覚悟ができなかったので膿が溜まった部分を切開してもらい、2週間ぐらい通院しました。通院時の処置は、僅かな時間ですが、激痛が伴い恐怖におののく日々でした。
以後、7年。何もなかった訳ではありません。数ヶ月1度の割合で、痛みを伴いながら、腫れあがっては自然に破裂して(途中、何度かは切開してもらいましたが、次こそは手術しかないと断を下されていました。)、痛みが治まるということを繰り返していました。初診から7年という歳月は忘れていましたが、よくぞ長い付き合いをしたものだ感心しています。

2007年が明け、仕事が始まった第一週。1月11日(木)から腫れだし、いつものように破裂するのを待っていました。ところが、14日(日)には歩くことも寝返りをうつこともままならず、眠れない夜となりました。「こんな痛い思いをするなら・・・」という思いが手術することを覚悟して、明けて月曜日に病院へ向かいました。
手術をするとなると2週間は入院が必要とのこと。先生からは「月末頃に手術をしましょう」と言われたのですが、どうせなら、仕事の都合上、早い方が有り難いと申し出て、当日午後に入院、翌16日13:30から手術ということになりました。

診察を終えてから、入院の時間まで僅かしかありませんでした。とにかく会社に行って、留守中の段取りを行い、帰宅途中にはスーパーに立ち寄り、指定された“寝まき”を買って入院準備を済ませました。
何しろ初めての入院。段取りも要領もわからないので不安が募りました。時間がないので、焦りながらそれでも、しっかり本屋へ立ち寄り、6冊の本を持ち込みました。(結果としては6冊どころでは足りなく、単行・文庫併せて10冊以上、月刊誌(カメラ他)10冊以上を隅から隅まで読んでもまだ足りない状態でした)
by crewcs77 | 2007-01-15 11:18 | アラカルト

X-TRAIL ダウン!

昨年末に初回車検を受けて、「さぁ、あと2年はこの車で」と思った矢先、いまどきの車として珍しくエンストを繰り返す状態に陥った。

昨日も出勤途中に信号待ちをしていると、エンジン警告ランプが点灯し、エンジンがストップ。
改めて、エンジンをかけるがかからない。回転数が低くなっているので、スターターが始動した状態でエンジンをふかして発進ができたが、後続車が続いているとこれが焦るものである。

免許を取得した当時であれば、こんなことはざらにあったが、いまどきの車は電子制御されているのでどこをいじっていいのかもわからない。
水曜日はディーラーが定休日であったため、今日、持ち込むことにした。

ディーラーは手馴れたもので症状を見るや、プラグラムの更新と点検で20分ぐらいで済むという。ところが30分待っても、40分経っても、一向に整備工場から出てこない。その内、整備士が4人がかりで取り組んでいる。「まだか」と督促すると、「もう少しで終わりますから」と。
結局、整備が完了したのは2時間後。

3年で77,000km。確かに走りすぎたが、整備だけはしっかりとやってきた。
「技術の日産」と言われて久しいが、いまや市場はシェアー40%強を握る「品質のTOYOTA」独壇場の勢いである。

X-TRAILは2000年10月に発売されているから、既に現行モデルで6年目(MCがあるが)となる。やや古臭い感じがしてきたが、このクラスのSUVではダントツの人気を誇っている。私的には4駆もどきが多い昨今にあって、ロックができる機能をもったところに価値があると思っている。10年このスタイルを持続すれば、まだまだ売れる車ではないかと思うが、メーカーサイドとしてはなかなかそうはいかないのだろう。一時はステージア、エルグランドを乗ってきたが、どうも日産はフルモデルチェンジごとにスタイルがダサくなっていく気がしてならない。

今、欲しいと思うクルマがないが、唯一、注目しているクルマといえば来月に発売を控えている三菱デリカD:5である。
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約10年前に3代目デリカステーションワゴンに乗っていただけに、5代目となるデリカは注目である。3代目は野性味溢れるクルマであった。スキー場へ行けば、駐車場はパジェロとデリカで埋め尽くされていた時代である。
三菱ディーラーの前を通りがかると、すでに「先行予約受付中」となっている。
訪ねて見ると、「本格的なカタログではないが・・・」といって、社外秘となっているカタログをくれた。3代目のワイルドさこそないが、価格面、居住性、燃費性能としては他メーカーにダメージを与える造りになっているのかと思えた。新型パジェロはパッとしなかったが、このD:5は三菱浮沈をかけた車種になりそうである。(できれば、もう少しRV感覚とワイルドさが欲しいところである)
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食指が動くが新基準対応ディーゼルが出るまでは辛抱、シンボウである。
by crewcs77 | 2007-01-11 20:32 | アラカルト

“ウリウリバーゲン”

昨日1/8から無事に社会復帰を果たしました。
10日も休めば、スイッチがONになるまで一苦労です。
振り返れば、10日の休みも半分は我がまま旅行で半分は自宅に居たわけですが、10日とも早起きの繰り返しで、今となっては「朝の居心地のよい布団の中でもう少し過ごしたかったなぁ」というのが本音です。

さて、今日のタイトルは「ウリウリバーゲン」です。
これは福岡の某ショッピングセンターで1月末まで開催されているバーゲンのタイトルです。
このバーゲンの告知ポスター2種類に私が撮影した「ウリ坊」23点が所狭しと掲載されています。

正月にラジオを聴いていると、干支の中でも「ウリ坊」は人気No.1のようです。
その根拠は、毎年、年明けにその年の干支のぬいぐるみが発売されるそうですが、うり坊は群を抜いて発売数が多いとのこと。さすがにイノシシをペットにする人は少なく(極稀に飼育している人がいるが)、成獣と違って、ウリ坊はくりくりとした目と独特の模様、それら愛嬌があるからでしょう。撮影していても成獣は恐ろしさを感じましたが、ウリ坊だけはかわいさ満点でした。


一方で亥年は警戒すべき年になるかも知れません。
12年前の亥年は、年明け早々に阪神・淡路大震災という未曾有の自然災害が発生しています。また地下鉄サリン事件という国内版テロが起こったのも12年前です。
歴史的な大事が起こらない比較的平穏な1年になることを祈りたいと思います。
ウリウリ・・・
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by crewcs77 | 2007-01-09 22:07 | アラカルト

冬の北海道撮影ツアー(最終日)

あっ、という間に5日目を迎えた。
天気は快晴。朝の気温は氷点下14℃。
撮影者もかなり数が減ってきた。
音羽橋の放列は20人ぐらいになっている。
音羽橋の撮影の後、付近で冬の光景を撮影することにした。
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帰宿して朝食をとり荷物をまとめチェックアウト。
撮影場所で大阪からきた人と出会い、ツルが飛来するインターバル中の会話を楽しむ。
車で渡道し、10日間強の滞在日程で車で寝泊りしているという。
猛禽類を中心に銀塩で撮影しているという。
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時間的にかなり余裕があったが、荷物を宅急便で送りたかったので空港でチャックインをすませてから釧路方面へ出ることにした。
カメラ機材を除き、三脚やバックを一括で自宅へ送ることにした。
北海道からの配送は通常2日間であるらしいが、大型低気圧の接近で3日は見て欲しいとのこと。急ぐ荷物ではないのでいつでもよいことを告げ、とにかく身軽な状態になることを望んだ。
帰宅してすぐに画像編集ができるようにストレージだけはカメラと一緒に持ち帰ることにした。
レンタカーを返却し、空港へ。「やれやれ」と思った矢先に、重大なことに気がついた。
ストレージ本体は持ち帰ったが、電源コードやUSBケーブルまで宅急便の中に入れてしまった。帰宅しても画像編集ができない。写真家Mさんにメールをして、貸してもらうことにした。救われた~~。

釧路からの名古屋便は12月、1月に限って運休のため羽田へ向けての復路となる。羽田へは1日3便でているので便利である。釧路は日本でも有数、霧が発生しやすい空港のためA300の自動着陸装置付の機材が使われている。2便は満席で定刻通りに離陸した。
羽田の到着ロビーは帰省客などでごったがえす状態である。スムーズな到着であったが、荷物がなかなか出てこない。カメラ機材は「手渡し」にしてあるので、手渡し場所でしばし待つことに。
手渡し場所に出てくる荷物は犬やネコが多く、「ワンワン」「ニャンニャン」とこちらも賑やかである。
羽田から品川へ京浜急行で出るが、この日になるとサラリーマン姿が目につく。
旅が終わったことを実感させる。

5日間ともほぼ安定した天気に恵まれたが、心残りは雪がなかったことである。
撮影技術もさることながら、単調なタンチョウ撮影となった。
by crewcs77 | 2007-01-05 21:30 | 動物

冬の北海道撮影ツアー(第4日目)

朝3時30分に起床し、コッタロ湿原に向かう。
雪がないことを逆手に、湿原に浮く満月の撮影を目的に移動した。
現地に到着して撮影に挑むが月が輝き過ぎてハレーションが起きる。
せっかくであるがどうにもならない。断念して定番撮影地「音羽橋」へ戻ることにした。
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この日の鶴居村の気温は氷点下14℃。
ようやく冷え込んだ。
雪裡川を囲む樹木に霧氷がつき、朝の光を浴びて輝きだした。
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音羽橋での撮影を終えた後、帰宿して朝食。
どこで撮影するか思案するが、結局は昨日と同じパターンで動くことにした。
第1ポイントで飛来を待つが今日はなかなかやってこない。その内、青空が消えにわか雪が降りだした。
第2ポイントへ移動する頃には再び青空に戻っていた。
風がややあるものの日中は穏やかで暖かい。今日も土手で日向ぼっこをしながら、上空を飛来していくツルを狙ってみる。
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早朝の起床が効いてきた。
昼過ぎに再び帰宿して夕方の準備時間となる2時半頃まで仮眠をすることした。
(北海道の夕方は早い。夕方とは3時-4時をさす)
今日こそは満月を入れて撮影したいものだ。
夕方の定番撮影地を外してチャレンジすることにしたが、肝心の月は雲に隠れて出てこない。
夕日も雲に隠れた。やむなくその雰囲気だけをとらえることにした。
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by crewcs77 | 2007-01-04 21:28 | 動物

冬の北海道撮影ツアー(第3日目)

全日空ホテルを6時半にチェックアウト。もっと早い時間にチェックアウトをして、音羽橋へ向かう選択肢もあったが、せめて今朝ぐらいはのんびりしたいものだ。ところが中途半端な目覚めとなり、この時間の出発となった。加湿器をつけて就寝したが、どうも朝から喉の調子が悪い。釧路湿原を抜け、7時15分頃に音羽橋へ到着。橋に陣取るカメラマンは30人強ぐらい。さほどの人ではない。

その中にHBCとHNKのクルーが入っている。とりあえずという感じで三脚をセットして、ウロウロしていたら、いきなり取材マイクを向けられた。「NHKのスタッフですが、取材に応じていただけますか?」ときた。「はぁ、」というかいわないかのタイミングで「このツルの姿を見て、どう感じますか」というめちゃくちゃ抽象的な問い掛けである。大地にいるツルをみてなら「優雅です」とか応えられるが、川で寝起きのツルを見て、しかも肉眼では米粒程度である。何を応えて良いのかわからずに「最高ですね。凛とした張り詰めた空気の中で、ここならでは風景が堪能できますね。この光景を見たくて名古屋からやってきました」と。
あと、なんやら聞いてきたが、よく覚えていない。昼のニュースで放映するとのこと。TAITOで見ようかと思ったが、途中のポイントで常連の方に、その話をし、その方の車のTVで見ることができた。
残念ながら、私のインタビューはカットされたいた。
ところが翌日談。昨日の昼のラジオで“名古屋から来た”というインタビューが流れていたとのこと。やはり、TV向きではなかったようだ。納得。

音羽橋で淡白な撮影をした後、鶴の飛行ルート下で待機することにした。
雪がなければ、青天の飛行シーンが狙いである。
飛行ルートは方面別にいくつかあるが、待機しているところに来てくれるかどうかはその日の運やツル任せである。“鉄ちゃん”なら、何時何分に通過することがわかるが、ツルだけはわからない。それでもこの気分は“鉄ちゃん”に通じるところがある。現にタンチョウを撮っている人は蒸機現役時代の鉄ちゃんが多い。肉眼でツルが目視できると「きた!きた!」と声があがる。もちろん待機しているところに来る確率は少ないが、頭上にやってくると一斉にレリーズが響く。まさに“鉄ちゃんポイント”と同じだ。ツルは目が非常に発達している。人垣ができているとコースをはずしてくれる。
数が舞い上がっても直列飛行をするのを数羽を1カットに収めるタイミングは少ない。ツルは低空飛行をするので頭上を通過するときはハクチョウとは異なる荘厳さを感じる。
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飛行第1ポイントはまずまずの当たりであった。(撮影のでき不出来ではなく、通過数)
続いて第2ポイントの飛行ポイントへ。到着するなり、何羽かが通過するが、あとは間隔があいてしまう。ツルは冷え込み具合によってねぐらの川を発つ時間が異なる。冷え込むと11時ぐらいまでは川に居座ってしまう。雪があれば、鶴見台や伊藤サンクチュアリーなど限られたエリアに舞い降りるのだが、雪がないからあちこちの大地に降りている。よってコースはまちまちとなる。春の雪解け時を思わせるポカポカ日和の中、土手に寝そべり、顔見知りになった人と会話をはずませながら飛んでくるツルを待つ。ここでは光線の加減で頭上狙いに集中したが、大半が微妙にコースをずらして飛び去っていった。
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夕刻のポイントは菊地牧場。
陽が沈んでもツルは帰らない。気温と月灯りの影響か?。空も焼けない。
銀塩組はタイムアウト。沢山並んだ大砲の放列も見る見る消えてゆく。
午後4時といえば、もう暗くなり、満月に近い月が山並み近くに映える。今日の撮影ポイントは“月狙い”が良かったようである。一かバチかであったが、月を絡めた方を選択すれば良かった。
放列が消えた後、撮影感度を上げてVRレンズの性能を頼りに手持ちでしつっこく狙ってみた。
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by crewcs77 | 2007-01-03 09:32 | 動物