Digital 四季彩感-森羅万象-PhotoBlog

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最高峰“F”の系譜

今、私の手元に極上品と思われるNikon F2フォトミック(シルバー)があります。
昭和34にNikonが発売した高級一眼レフカメラはその機能・性能において世界を席捲し、生産終了までに86万台強が発売されました。これを契機にNikonはプロユース仕様のカメラにおいて一躍、不動の地位を築きました。
1971年(昭和46年)、Fの後継機としてF2が発売されました。
開発にあたっては①最良品質②操作性・速写性③完全互換性④自動化をコンセプトに、1/2000Secシャッタースピード、同調速度1/80という性能向上を実現させました。また、機械式とはいえ、Fから引き継がれたフォトミック(TTL露出計を備えたフォトミックファインダー)の電源はカメラ側から供給する方式に改良されました。

手元にある現物はカビだらけの専用ケースに収められていましたが、カメラ本体はスレもなく、殆ど未使用に近いのではないのかと思われる逸品です。(ミラーアップ時の衝撃を吸収するスポンジ素材が経年劣化により交換の必要があると思われる)
装着されていたレンズはNikor-S50/1.4ですが、こちらは残念ながら一部カビが見られました(映り込みに影響はないと思うが・・・)。また、交換レンズとしてタクマのレンズケースにNikor-H28/3.5のレンズが収納されていました。残念ながらこちらは50mmよりもひどい斑点がレンズに認められました。

頑丈なダイキャストで築かれた筐体は手ごたえ十分です。
F2→F3→F4→F5→F6
            D1→D2X→D3
Fの系譜を並べてみると時代の流れがいかに速いかを実感することができます。
デジタル万能時代を迎え、再びアナログを志向してみたい気持ちでいます。
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by crewcs77 | 2007-09-30 11:38 | アラカルト

草を分け峠を目指す

本線とは名ばかりとなった偉大なるローカル線・関西本線。亀山以西の非電化区間において往年の貨客行き交う幹線とは異なる寂しい趣です。
田舎へ帰省したついでに、柘植と加太に立ち寄ってみました。
21日に発売された「RailMagazine290/SL甲組の肖像」は“鈴鹿の峻険 加太を制する」と題して、亀山機関区を取り上げています。

長大編成の貨物や客車列車に対応したホーム。いまはレイルバス2両分だけで十分です。
線路は夏草が生い茂り、レイルバスが草を分け、峠に向かっていきます。
本務機・後補機が加太の駅を猛然とダッシュしていった姿は遠い、遠い昔のことです。

雑誌「国鉄時代Vol.11」に爆煙をあげて柘植を発車していくD51499号機の力強い写真が掲載されています。寄稿者はなんと「屋敷要」氏(元大洋ホエールズ-巨人選手)です。写真は全てその父のものですが、野球を熱心にするまでは蒸機に夢中で、父親と一緒に加太や函館本線などを訪ねたそうです。そして、最近になってまたその血が騒ぎ出したようで、目下、各地の保存蒸気を撮影しながら巡礼しているようです。
屋敷氏の寄稿によると、「昭和46年5月の関西本線は、大粒の雨に祟られ夢にまで見た撮影ポイントまでは行き着けなかったが、加太駅付近で粘って何両もの“生のD51”をカメラに収めた」記述されています。
恐らく30数年前に屋敷氏もこのあたりでカメラを構えていたのでろうと思います。
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by crewcs77 | 2007-09-24 20:35 | 鉄道

天気を見計らって・・・久しぶりの撮影

土曜日の天気予報は高気圧に覆われ、安定した天気になることを予報しています。
帰省している息子と協調して「乗鞍ご来光」を決行することにしました。

運転免許を取得したばかりの息子に道中の高速道路を運転してもらいました。半ば、決死の覚悟で運転交代です。運転ばかりは慣れです。習熟してもらうには理論よりも実技です。ワンボックスなのでセダンの教習車とは勝手が違います。
朴の木平に到着したのは午前3時でした。ご来光バスは4時発車です。3連休で混雑するかと想定しましたが、それほどでもありません。
最近、バスに乗ると車酔するクセがつきました。胃腸の調子とも関係があるのか、これまで車に酔うようなことはなかったのですが、この日も「我慢」との死闘でした。畳平に到着するなり、トイレに駆け込むありさまでした。
午前4時45分。東の空が明るくなりつつあります。
急いで、いつも撮影地・大黒岳に向かいます。

期待したとおりのいい天気です。
槍・穂高・・・北アルプスを代表する山々が堂々と聳えています。
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雲海から太陽が登りはじめました。
非日常的な荘厳な風景です。
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ご来光を終えて、大黒岳を下り、標高3025mの剣が峰を目指しました。
寝不足か?体力不足か?昨年までの調子と異なります。
先を行く息子とはどんどん距離が広がります。
昨シーズンと異なる点は、体重が12kgも増えたことです。どうやら、それをカバーするだけの力がないようです。標高差300m、距離にしてわずかな登攀がかなりこたえました。
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by crewcs77 | 2007-09-24 20:05 | 風景

どうなる日本

美しい国 日本が遠ざかってゆく・・・。
宿願の戦後レジュームからの脱却は!??
安倍晋三首相が電撃的な辞任をした。
美しい国どころか、この日本はどうなるものか。

安倍さんの辞任は、戦後派らしい辞任であったかも知れない。
就任以降、大変な日々であったろうと同情する。
それにしてもこの日本はマスコミが煽動する時代となってしました。
閣僚たたきも、参院選の惨敗、今回の辞任もマスコミは一斉にたたきあげる。
どうしたものか。
民主党の勘違いも甚だしい感じがする。
確かに参院選は数では連立を上回った。民主党の政策で選んだ人がどれだけいようか・・・。

安倍さんはすっきりしただろうけど、後はどうするのよ?
麻 生太郎氏??
確かに部分人気はあるが・・・勢い暴論が飛び出すし・・・。
いっそうのこと、勘違いをなされているとしか思えない民主党にやらせてみせますか?

安倍さん、どうせならテロ特措法の闘いをもって総辞職としてもらった方が支持率が上がったと思いますが。。

2007年、干支は「亥」
亥は政治や世相が混乱を起こす年といわれています。
12年前、政治は村山政権でした。阪神大震災やオウム事件という未曾有の災害、事件が発生しました。

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by crewcs77 | 2007-09-12 23:03 | アラカルト

こんなハズではなかった・・・

台風一過、さわやかに澄み切った青空に聳える北アルプスの峰々。
昨日予想した今日(9月8日)の天気はこんなイメージしかありませんでした。
金曜日の仕事を終えて、疲れた体に、このイメージでムチ打ち、深夜に自宅を出発しました。
行き先は迷った末に、できるだけパノラマが楽しめ地として新穂高温泉から双六岳を目指すことにしました。

早暁の新穂高温泉は目を疑う天気でした。
雲は山に垂れ込め、今にも雨が落ちてきそうな天気です。
天気の回復を期待するしかありません。
とにかく身支度を整え、5時50分に新穂高温泉駐車場を出発しました。
左俣林道に入り、30分もしない内に雨は降り出しました。
雲は谷にまとわりつくようです。
ここで第一回目の思案です。このまま進むか、後退するか。
結果はとりあえず、あと1時間で到達する「わさび平」まで歩を進めることにしました。
わさび平に到着すると同時に小康状態となっていた雨が再び降り出しました。
10人ぐらいの登山者が小屋で雨宿りをしています。
一様に「台風一過」を狙っての登山です。

ここで折り返すことも判断材料でしたが、天気の回復を祈って、さらに歩を進めることにしました。左俣林道から小池新道に入り、秩父沢を目指します。
山の気温は低いものの、湿度は高く、吹き出る汗はレインコートに阻まれムレムレです。登山道は谷にまとわりつく雲の中に入ったのか、雨は激しさを増し、めがねに付着する雨粒で視界がさえぎられます。本格的な登攀ははじまったばかりですが、苦痛を感じながらあえいで登っています。わさび平から1時間強。秩父沢付近まで登ってきました。
前進停止!
このまま登っても天気の回復が見込める条件は低い。
撮影が主で、登山が従。主目的が果たせない。この天気の中で苦痛を感じて登るほど辛いものはありません。山の天気のこと、雨降りでも目的を果たせなければならないときもありますが、今回はそうではありません。
出直しを決心し、下山を開始しました。
途中、わさび平で休憩をとり、駐車場に戻ったのは11時前でした。
約5時間の徒労でした。
下山途中に愉しみとしておいたのが、“温泉”です。
下山を終えて、“ひがくの湯”という日帰り温泉施設に飛び込みました。
最高の至福でした。

それでも、こんなことなら「大井川へ行けばよかった」と悔やむひとときでした。
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雨の左俣谷
by crewcs77 | 2007-09-08 22:00 | 風景

さよなら C11-312号機 

急な告知が大井川鉄道のHPで行われました。
C11-312号機が老朽化のため、9月8日(土)の運行を最後に静態保存に切り替えるとの発表です。
先月に出かけたときも元気に走っていました。
312号機は昭和21年に製造され、昭和49年に国鉄を引退。
引退後は三重県松阪市のドライブインあら竹にて静態保存されていました。
昭和63年に大井川鉄道で復帰工事が行われ、同年7月に本線復活を果たしました。
台風が接近していることもありますが、最後の雄姿を見届けたい気持ちです。
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2007年8月4日撮影 塩郷-下泉
by crewcs77 | 2007-09-05 19:45 | 鉄道