Digital 四季彩感-森羅万象-PhotoBlog

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最後の大糸線撮影・・・

靄は消えても曇天で雪解け特有のさえない景色が広がっています。
大雨が雪解けを加速させて、姫川は濁流となり、暴れ川の様相を呈しています。
狙いとしていた風景的な撮影は絶望的となりました。
線路端での接近戦に切り替えなければなりませんが、メジャーな場所は人が群がっています。
労力を要しても、極力、人から離れて静かに撮影することに徹しました。
キハ58の1往復目の折り返しは第3姫川ダム、2往復目はサファリ俯瞰と大野S字のアウト、3往復目は小滝S字、そして最後は大野トンネルにしました。

2004年8月から撮影した大糸線でしたが、私にとってこれが最後の大糸線撮影になったと思いますす。大糸線がなくなる訳ではありません。舞台は変わらず素晴らしいものがありますが、主役の交替により撮影する魅力がなくなったということです。

2004年8月にキハ52の1両が往年の国鉄色に変更されました。夏休みに息子と糸魚川駅に立ち寄ったときのことです。構内はずれの遠くでキハ52を眺めていたら、運転センターの助役さんに声をかけられました。「遠くからお越しになられたので、よかったら構内へ・・」と、いうことで、構内見学の手続きをとって、構内へ案内してもらいました。
国鉄色が復活したといってもまだまだ訪れる人は少なかったときのことです。
後に旺盛な鉄道書籍の多様化により、鉄道モノだけでなく旅行雑誌などでもキハ52が紹介されたことなど、年を追うごとに大糸線のキハ52は人気を高めていきました。
塗色の復活は、地域活性化が主眼にあったといわれます。
2004年以降、5年強にわたってキハ52を目当てに大糸線沿線を訪ねた人は多かったと思います。多くの来訪者により違法駐車や田畑などへの立ち入りなど迷惑な場面も多々あったことかと思いますが、ホテル、コンビニ、レンタカー、ガソリンスタンド、自動販売機にいたるまで地域にもたらした経済効果は大きかったのではないでしょうか。現に糸魚川市ではキハ52の存続をJR西日本に申し入れているとも言われます。
キハ52の1両(国鉄一般色)は岡山県にある津山扇形機関庫で保存されることが決定しました。あとの2両は解体になると思います。

3月12日の最終運行・最終列車はキハ52・3両によるさよなら運転が行なわれます。また、3月の3連休には、最後のイベント列車が「全席指定」で運行されます。この指定券も発売と同時に売り切れたそうです。

非電化の国鉄沿線で育った私は、物心ついたときから“汽車”(気動車を含め)が生活の一部でした。汽笛や気動車のタイフォンは時計替わりでもありました。朝夕の多客輸送は蒸気機関車が牽引する10両の客車列車(亀山-京都)が活躍し、その合間はキハ30、35、17、53、55(電化直前には新製車であるキハ47.48が大量投入)を中心とした気動車が行き交っていました。
キハの一般色が首都圏色に変わったときの衝撃はいまでも忘れません。
優等列車といえばキハ58系の平安や志摩で最寄り駅に停車しない急行色は憧れの存在でした。

あれから40年近くたった今日、大糸線で往時を偲ぶ情景に出会うことができました。
恐らく二度とみることができない組み合わせの情景ではなかったかと思います。

大糸線、最後の撮影として、中土を見下ろす高台に立ちました。
残念ながら一望千里とはいきませんでしたが、
厚い雲の合間から青空が顔をだし、春を思わす日差しが残雪の山々を照らしはじめました。
山岳路線用として半世紀近くにわたって活躍した最後のキハ52がエンジンを唸らせて姫川をわたっていきました。
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【3月8日の朝日新聞】
糸魚川に「鉄」詣で
http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001003080005
by crewcs77 | 2010-02-27 23:59 | 鉄道

大糸線ルポ

1週間続いた暖かさと直前の大雨で積雪は一気に消え始めていました。
未明に激しく降っていた雨も午前6時頃には小雨状態となってきました。
情景は雪解けが加速する3月下旬のような感じで、景観も天気もイメージとは随分異なるもので気合が入りません。
始発列車は頚城大野の駅舎を入れて撮ることにしました。
黎明の色彩にこだわったのですが、始発列車がやってくる15分前(午前6時)ぐらいが一番いい色になりました。この日は運用通りの運行だったために「青ツートン」。停止位置も予想よりもズレたため面白くないものになってしまいました。画像は午前6時のものです。
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始発に続いて、20分後には424D平岩行きがやってきます。こちらは一般色です。大野-根知間の穴場狙いで、スノーシューをはいて、息を切らしてポイントへ。ポイントでやれやれと思い気や、遠方から「入る」との遠吠えが・・・。慌てて、雪まみれになって小川の土手下に隠れたところへ、無常にも列車が。ピントがマニュアルになったまま・・・、この後、嘆きながら土手を這い上がることになりました。
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平岩からの421Dは、スノーシューを着けて「大野トンネル」へ。
小雨が止んだものの、暖かいために雪解け特有の靄があたりを包みました。幻想的とまではいえないものの靄の情景を大きく入れて撮影することにしました。
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いよいよこの後はイベント中の代走となる426Dの出走です。
現地で出会った人たちに聞いても、誰も同様に不確かな情報しかもっていません。
ありえる代走候補は「キハ58急行色」「キハ58高岡色」「キハ120」のいずれかです。
キハ58そのものが絶滅危惧種となっており、その中でも急行色となれば、65系を含めJR九州に2編成4両、JR西日本2編成4両を残すのみとなっています。この際、高岡色でも良しとしなければと思いつつ、キハ120が走るようであれば、とっとと帰るつもりでいました。最後まで疑心暗鬼で、撮影場所はあまり好むところではない大野S字で構えました。
遠くから勾配を登る重厚なエンジン音が聞こえてきます。「キハ58だ」。
ファインダーに飛び込んできたのは「急行色」でした。
だらけモードが一気に緊張モードに切り替わった一瞬でした。
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通過とともに靄に煙る谷に入っていく列車を後追い撮影しました。
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列車が通過するとあたりは蜘蛛の子を散らすように移動が始まります。
国道ではそれらしき車が小谷方面へ列をなして走っています。
上下列車が交換する根知駅北側の踏み切りには警戒にあたるJR職員の姿も見えました。
小滝大橋には撮影者の安全確保のためか、JR西日本が設置した新品のパイロンが並んでいました。
by crewcs77 | 2010-02-27 21:06 | 鉄道

みたび大糸線へ

大糸線を管理するJR西日本糸魚川地域鉄道部は2月27日、28日の両日にわたりキハ52・3輌(フルキャスト)と大正時代に建造されたレンガ庫(北陸新幹線工事のためのまもなく解体)の撮影会イベントを実施しました。
このイベントに全国各地から多くの鉄道ファンが詰め掛けたようです。
http://www.yomiuri.co.jp/tabi/domestic/railway/20100228-OYT8T00363.htm?from=navlk
しかしながら、私にはこのイベントはどうでもいいことであって、狙いはキハ52フルキャストによる撮影会が行われている最中に運行される3往復のダイヤにありました。この3往復にはキハ52が欠場する訳ですから、その代行車輌に注目が集まっていました。

でかける前に家族から「なんでそんなしょっちゅう大糸線に行くの?」という素朴な質問を受けました。この質問にまともに応えてもしょうがないと思い、旬の話題を使って次のように説明しました。
「大糸線を銀盤に例えると、浅田真央と安藤美姫、鈴木明子がレギュラー出演している。3人とも3月12日で出演を終える。27-28日は特別イベントがあって、3人はそのイベントに参加するので銀盤に出てこない。銀盤には代役が出てくる。その代役が誰かは公式には発表されていない。インタネットや仲間内では、「キムヨナ」ではないかとの噂がなされている。いちかバチかであるが、とにかくキムヨナの出場を期待して・・・」

車で仮眠するも激しい雨が車の屋根をたたき寝不足の朝を迎えました。
早朝、代走車輌が回送されてきているかを糸魚川駅に確認しに行きました。
闇夜の朝5時、普段は静まり返っている糸魚川駅。沢山の人で驚くほど賑やかな状況です。
寝台特急北陸や急行能登が到着した後でした。これらも3.13のダイヤ改正で消滅します。キハ52と併せて名残り乗車を愉しむ人々のようです。
駅構内で代走車輌を探しましたが、見当たりません。確認できたのはキハ52の後継となるキハ120だけです。
せっかく駅まで来たので闇夜のレンガ庫を撮影しておくことにしました。
(敷地外より撮影しています)
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by crewcs77 | 2010-02-27 19:50 | 鉄道

鉄道書籍2題

先日から何年ぶりかにホームページのリニューアルにとりかかりました。
デザイン的に大掛かりな変更はないのですが、これからも無理なく長続きするようにブログを有効に活用するなど合理性を追求しました。
それでもいざやり始めると時間がかかってなかなか進みません。
かなりの集中力を要します。完了目処が立たない状態です。

「大糸線の四季」という写真とエッセイを記した書籍を購入しました。
マイナー(著者には失礼ながら)な書籍なので、本屋で立ち読みすることもできません。
中身がわからずに購入している訳ですが、大糸線(非電化区間)の情景や沿線のことを短いエッセンスでほのぼのと伝えています。大糸線=キハ52もまもなくラストランです。この本も遠い過去を伝える記録書になっていくと思います。

先週末に名古屋駅を利用する機会があったので、三省堂の鉄道書籍コーナーに立ち寄りました。
鉄道モノといえど、あれやこれやと実に多種多様なものが出版されています。
その中に最新刊で「堀地和夫写真集・関西本線のSL--1972--」という写真集がありました。
幼少時代を関西本線の支線で過ごした私にとって、写真集に掲載されている亀山・奈良両機関区のD51たちは見慣れたものばかりで実に懐かしいものでした。中でも後藤デフをつけた499号機(現在は津市で保存)やデフにツバメマーク(C62-2をまねたような)をつけた944号機、たばこのピースにあしらわれているハトマークをつけた906号機、かもめマークをつけた940号機、その他、月に鹿
など今思えば、他の線区ではあまり見慣れなかった“愛嬌”というか“遊び心”があったように思います。ナンバープレートも赤があったり緑があったことも思い出されます。関西本線が無煙化されたのは1973年(草津線は1972年)ですが、72年頃から無煙化までは「近江路号」や「伊賀号」をはじめさまざまなヘッドマークを掲げた臨時列車があったことも思い出されます。
貨物、客車、DCが頻繁に往来した亀山-柘植間もいまでは超一級の閑散ローカル線です。昔も今も変わらない車窓です。念願かなうなら、もう一度、見てみたいD51(本務機・後補機)の力行です。
~~近畿・東海圏が交わる、この線区でこんなことが実現したら、大変なことになるでしょうね~~
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by crewcs77 | 2010-02-24 21:30 | アラカルト

愛知県で越冬するタンチョウ

日本では道東を中心に生息しているタンチョウですが、昨年末から愛知県で越冬している個体がいて、新聞やローカルニュースで取り上げられています。なぜ、こんな地に降り立ったのか不思議ですが、当のタンチョウも迷ったとはいえ、「えらい騒がしいところにきたものだ」と嘆いているのではないかと思います。
専門家によると道東の個体ではなく大陸から来たのではないかとのことですが、その真意はタンチョウしか知りません。田んぼで2~3時間採餌しては飛び立っていくそうです。
まだ2月の中旬なので、もう少し滞在するかもわかりませんが、三寒四温を感じる頃には北へ帰るのではないか思います。
降り立っているところは田園風景が広がるところとは言え、団地や工場が点在し、高圧電線も沢山あります。在県中は、どうか怪我のないようにしてもらい、時期がくれば無事の北帰行を祈るばかりです。
無事に越冬できれば、来年はツガイでやってくるかも知れません。
一時はニッポンから絶滅したといわれるタンチョウですが、昭和30年代以降、阿寒や鶴居の人々の手厚い保護活動を経て、現在では千羽を越える数が道東を中心としたエリアに留鳥として棲息するようになりました。数の増加に伴い、北海道でも道東以外での観察例も増えているようです。
江戸時代は本州各地の沼地に棲息していたとも言われますので、21世紀の今、江戸時代のようにあちこちでタンチョウが見られるようになるのは儚い夢物語でしょうか。愛知にきたタンチョウがそのフロンティアであって欲しいと思います。
残念なことにニッポンはここ数年で琵琶湖2つ分の沼地が消滅しているらしいです。鹿児島にわたってくるナベツルも行くところがなくなり、出水に一極集中していて、インフルエンザが発生すればたちまち危機的な状況らしいです。トキやコウノトリの二の舞だけは避けたいものです。

環境のことに触れたついでに。
最近、身近なところ(生活圏内)で枯れたクヌギを目にします。
冬なので冬枯れと見間違えるかも知れませんが、葉は落葉せずに枯れたまま枝についています。1本でも枯れているを見つけると、その周辺は殆どいっていいほど同じ状態になっています。まるでインフルエンザのごとく悪い病気が蔓延しているみたいです。このままいけば、クヌギ類は絶滅してしまい、動物にも深刻な影響を与えるのではないかと憂いています。

画像は鶴居を飛翔するタンチョウであり、本文と関係はありません。
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by crewcs77 | 2010-02-15 20:23 | 動物

氷雪の大糸線

キハ52・最後の運転線区となった大糸(北)線。そのキハ52の定期運行も残すところあと1ヶ月(3月12日を以って定期運行終了)となりました。通称「乗り鉄」「撮り鉄」「葬式鉄」といわれるレイルファンが豪雪地にもかかわらず沢山訪れています。この時期は雪が多く、撮影地は限られているため、メジャーな撮影地に人が集中しています。今回は写友HS氏と現地で合流し、「スノーシュー」がないと行けない場所を中心に撮影しました。この日は朝まで雪が降り続き、どの場所もラッセルが必要となりました。湿雪で雪が重く、距離があればかなりきつい状態です。私よりも一回りは若いHS氏にラッセルを担ってもらい、年長者は楽して後をついていくことにしました。
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朝まで降り続いた雪も10時過ぎからは晴れ間がのぞくようになってきました。
着雪した雪の状態もよく、最高のコンディションとなってきました。
この日のキハ52の運用予定は1仕業が一般色、2仕業がタラコ色と絶好の組み合わせでしたが、これが変更され、1仕業が青ツートン、2仕業が一般色という組み合わせで、皮肉なことに最高のコンディションのときに望まない青ツートンがやってくるので心は幻滅状態でした。
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その後、一般色の仕業となる430Dを同じ場所で待ちましたが、通過時間に近づくにつれ天気は崩れ、俯瞰撮影には最悪の状況となってきました。
この日は自治会の会合があり19時までに帰宅せねばならず、430Dを撮影してHS氏と別れ、429Dを南小谷-中土間で撮影して家路を急ぎました。
運行終了まであと1ヶ月。
ひょっとすればこれが最後の大糸線撮影なるかも知れないと思っていますが、このままでは消化不良で終わってしまいそうな気がします。改めて、最後のチャンスに臨みたいと思っています。
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by crewcs77 | 2010-02-14 18:23 | 鉄道

西高東低

この週末(土曜日)はラストランが迫るキハ52の撮影行を予定していました。スノーシューも用意して万全を期していたのですが、生憎、風邪をひいてしまい断念せざるを得ませんでした。ところが大寒波、豪雪により、この日の大糸(北)線は終日にわたり運休となりました。
体調に異常がなければ天気がどうであれ、夜討ち朝駆けで現地に向かっていたはずです。消耗や落胆をせずに済んだことは幸運でした。
次の土曜日に向けて再調整です。消えゆく車両を追って、現地撮影地はかなりの混雑のようです。また沿線は雪の壁で撮影ポイントがかなり限られているようです。

この寒波で太平洋側でも雪が舞いましたが、白くなるほどではありませんでした。
日中は澄み切った青空が広がっていました。
梅の花も開きはじめました。
冬がれの地に菜の花が彩りを放っていました。
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by crewcs77 | 2010-02-07 20:34 | アラカルト